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「最後の被爆地に」=キャンドルに平和の願い-長崎

時事通信
2017/08/08-20:49

72回目の原爆の日を前に、長崎市の平和公園で8日夜、キャンドルに明かりをともす「平和の灯(ともしび)」が行われた。手作りのキャンドル約4000本が会場を照らし、参加者は「最後の被爆地に」との思いを新たにした。

1945年8月9日、長崎へ投下された原子爆弾は、多くの命を一瞬にして奪い去ります。
また、奇跡的に生き残った人たちも、その後、原爆症(放射能症)に苦しみながら次々と亡くなっていきました。

そんな中で、原爆症(放射能症)を発生することなく、奇跡的に生き残った(もちろん後遺症も無しに)人たちがいます。

なぜ彼らは生き残ることができたのか?
今回の記事では、水素と電子の観点から、その謎に迫ってみたいと思います。

  • 玄米と塩、味噌汁を飲んでいて生き残った人たち
まずはじめに紹介するのは、爆心地からわずか1.4㎞の距離にある浦上第一病院(戦後に聖フランシス病院と改名)で自身も被ばくした故・秋月辰一郎医師と看護師、患者一行のケースです。

最初に、秋月氏自身の著作『死の同心円―長崎被爆医師の記録』から、そのくだりを紹介します。

被爆以来、全身火傷やガラス創などの治療に専念してきた私は、八月十三日ごろから新しい疾病に直面した。あとになって、原爆症と呼ばれるものである。
私は想像と推理によってこれを「レントゲン・カーター」に似たものと断定し、私がそれに苦しめられたとき、よく食塩水を飲んだことを思い出した。レントゲン・カーターの患者に、生理的食塩水より少し多く塩分を含んだ水を飲ませることは、レントゲン教室で働いている者の常識であった。

私には原子生物学の知識はなかったが、
「爆弾をうけた人には塩がいい。玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ。塩からい味噌汁をつくって毎日食べさせろ。そして、甘いものを避けろ。砂糖は絶対にいかんぞ
と主張し、職員に命じて強引に実行させた。
 
虚弱体質の私が、千四百メートルの距離で被爆しながら原爆症にならず、病院の職員や患者全員がレントゲン・カーターに似た自覚症状を感じながら、なんとかそれを克服し、働きつづけることができたのは、私はやはり食塩のおかげであり、秋月式栄養論の成果であったと思う。

秋月辰一郎著『死の同心円―長崎被爆医師の記録』 

このように、病院の職員や患者は、秋月氏の教えを守り、①玄米を食べ②味噌汁を飲み③砂糖を避けることで、原爆症(放射能症)から自らの身を守ることに成功したのです。

  • 日本酒を飲んでいて、原爆症を免れた人たち
死の同心円―長崎被爆医師の記録』には、上記のケースだけでなく、日本酒を浴びるように飲んでいて奇跡的に一命を取り留めた男性のエピソードについても書かれています。

反(そり)工師は爆心地から千五百メートルの距離で、防空壕の下検分をやっているとき、露天で被爆して負傷した

彼はその日の夕方、田中工務課長もいるところにたどりついたが、焼けただれて、課長はすぐには反(そり)工師とはわからなかったという。

「君はだれかね」
 
「反(そり)です。田中さん、やられましたよ。どうせ長いことはない。どうせ死ぬなら、一杯やりたいもんだ。酒はありませんか」
 
「酒はないが、アルコールならある」
 
反(そり)工師は、火傷をしているのに、チビリチビリとアルコールをうすめて飲みはじめた。身体が燃えるように熱く感じて、工場の外の川に身を浸して、飲みつづけた。
 
彼はその後元気になったが、同じ場所で同じように被爆した三人は、一週間以内に死んでいる。これで、原爆には酒がいいという話が広まった

秋月辰一郎著『死の同心円―長崎被爆医師の記録』 

もちろんこれだけなら只の偶然で片付けられてもおかしくありません。
しかし、同じく日本酒を飲んでいて奇跡的に助かった事例が他にもあったらどうでしょうか?

『炎の中に』の著者である田川衛生兵長は、千四百メートルのところで被爆したが、その日の午後、長崎駅から大波止のほうへ歩いてゆくと、五島町に長崎随一の酒屋があり、酒倉に人々が群らがってフラフラになるほど酒を飲んでいるのを見かけた。
 
田川さんも、水がわりに飯ごうになみなみと注いで大酒を飲み、疲れと酔いで、そのまま寝てしまい、やっと日が暮れてから大浦に帰りついた。人々は泥と血にまみれ、足もとがおぼつかない田川さんを見て瀕死の重傷と思ったが、ふしぎなことにすっかり元気になっている。とうとう急性あるいは亜急性の放射能症は出なかったのである。

秋月辰一郎著『死の同心円―長崎被爆医師の記録』 

さらにもう一つの例を紹介します。

長崎医大病院で被爆した調教授(現在長崎大名誉教授)は、爆心地からわずか六百メートルの病院内で被爆し永井隆先生や角尾学長の手当てに奔走し、大ぜいの負傷者を治療したが、八月末ごろから身体に異常を感じ、九月にはいって、亜急性放射能症が悪化した

先生自身、
死を覚悟していたが、たまたま九月二十日ごろ、医専の三年生がやってきて、先生のところに泊まった。
白血球二千、疲労感激しく、溢血斑が無数にあらわれていたので、学生に夜通し話をしかけられて。ほとほと困ったらしい。早く寝てくれないかと思っていると、学生は土間にあったアルコール瓶を見つけ、糖液でうすめて飲みはじめた
 
「先生もいかがですか」
 
「そんなものを飲んで、死んでも知らないよ」
 
「大丈夫です。メチルてなく、エチルですから……。さ、どうぞ」
 
すすめられるままに飲むと、急に身体が温まり、いくらしゃべっても疲れを感じなくなった。学生が帰ってからも、先生は朝夕、薬がわりにアルコールを飲んだ
すると、
ぐんぐん力がついて一時は危篤といわれたのに、間もなく起き上がれるようになった。アルコールが効いたとしか考えられないのである
 
こういう例はいたるところにあったらしい。何が効くかわからない。人間の腸粘膜の細胞は、ふしぎなものである。

秋月辰一郎著『死の同心円―長崎被爆医師の記録』 
 
ここまで続くと単なる偶然とは思えません。

上記の事象から、日本酒を飲むことで、放射能症による死を回避できることがわかります。

ただ、どうしても先の玄米と味噌汁の事象との共通点がわからない。
私自身も、事象についての理解はするものの、その理論的な意味づけができずに、長らく半信半疑な状態が続いていました。

この奇妙な符合の秘密は果たしてどこにあるのか?
なぜ、玄米と味噌を食べたり、日本酒を飲んでいる人だけが助かったのか?

それは、Tokyo DD Clinicの院長であり、自らをキチガイ医と称する内海聡氏の著作を読むことで明らかになったのです。

解決への1つ目のキーワードは、〝発酵〟です。

「放射能」の項にも登場した医師の秋月辰一郎さんがいうように、辛いみそ汁には意味があります。みそに含まれる塩分、そして発酵食品であることが健康にいい影響を与えるのです。
みそは、食品添加物が入っているものを使ってはいけません。「添加物なし」と書かれたみそにも、実は食品添加物が入っていることがあります。これを見抜くには、あなた自身の消費者としての目を養うしかありません。
 
昔ながらの製法による、天日干しをして天然塩だけで漬け込んだ梅干や、同じく昔ながらの製法で作られた食品添加物なしの漬物も健康にいいでしょう。
梅干や漬物に含まれる自然由来のクエン酸、菌、ミネラルなどにも、化学物質や放射性物質解毒効果があります腸内の善玉菌を増やす効果もありますので、伝統的な発酵食品を子どもになるべく食べさせましょう
 
摂るならば、みそ、醤油、納豆、漬物、梅干し、塩麹など日本古来の発酵食品がいいでしょう

内海聡著『子どもを病気にする親、健康にする親 (世界に満ちる毒から子どもを守れ)』 

まず、味噌の効用として、そこに含まれる塩分と、発酵していることが挙げられます。
ただし、食品添加物が入っていない本物の発酵食品としての味噌、という条件つきですが…。 

また、この添加物入りの味噌は、戦後になって登場してきたこともわかっています。

昭和のはじめ頃までは、一般的な味噌の熟成期間は1年から3年程度でした。
しかし第二次大戦後は、伝統製法による理想にとって代わって、効率最優先の製法で作られる「速醸味噌」が、一般的な味噌となってしまいました
速醸味噌とは、加熱して無理やり麹の働きを活発にし、本来なら1年かかる熟成時間を、わずか20日くらいに短縮して味噌を造る手法です。
この速醸味噌には、殺菌や長期保存、変質変色防止や風味づけのために、たくさんの種類の化学合成された添加物が使われています
こうして、世界に誇る伝統食である「味噌」は、まったく別のものに変わってしまいました。

秋山龍三著『「食事」を正せば、病気、不調知らずのからだになれる ふるさと村のからだを整える「食養術」』 

それでは、つづいて、日本酒に行きましょう。

ここで、味噌と日本酒の共通項がおぼろげに浮かび上がってきます。
それは、両方とも発酵食品であるということ。

最初に手掛けたことは、本業の酒造りでした。完全に傾いてしまった酒蔵を立て直すためにも、良い発酵場で造った本物のお酒を造ろうと決意しました。
 
本来、日本酒の材料は米と水、麹(蒸した米に麹菌を植えつけ、麹菌の酵素によって米のデンプンを糖化させたもの)のみです。いい米といい水、いい麹がそろえば、あとは酒蔵に棲みついている微生物(発酵菌)がアルコールを生み出し、米が持つ滋味滋養をいい感じで引き出して、自然とうまい酒を造ってくれます。

寺田啓佐著『斎藤一人 発酵力 微生物に学んだ人生の知恵』 
 
ここで、先ほどの味噌と同じ事象に遭遇します。
日本酒も、味噌と同様、戦後に普及した添加物まみれの〝ニセモノ〟を回避しないといけなくなったのです。

ちなみに三増酒とは、醸造用アルコールのほかに、ブドウ糖や水あめ、味を和らげる食品添加物、うま味調味料などを人工的に加えたものです。
もちろん、三増酒を造っても法律違反ではありません。しかし、三増酒は本来の酒とはかけ離れたものです。日本酒の体裁をとりながらも、中身は偽物と言っても過言ではありません。
なにより三増酒は、飲み過ぎると翌日には気持ちが悪くなります。これは、三増酒に含まれる添加物による悪酔いです。
戦後、ウチの蔵を含め、多くの酒蔵がこの三増酒に手を染めました。その結果、世間に「日本酒は二日酔いしやすい」という誤解が広まってしまったのです。

寺田啓佐著『斎藤一人 発酵力 微生物に学んだ人生の知恵
 
以上のことから、味噌も日本酒も、添加物まみれの〝ニセモノ〟が幅をきかせるようになったのが戦後(第二次世界大戦後)だということがよくわかります。

そして、これこそが、なぜ〝彼ら〟だけが原爆症にならずに生き残ることができたのか?
その真の理由を知るための鍵を握っているのです。

ここで私たちが認識しなければならないのは、味噌も日本酒も添加物まみれになったのが戦後だということは、長崎への原爆投下時に、一般の人たちが食べたり飲んだりしていたのは、まさに、〝微生物が生きている本物の発酵食品〟だったという厳然たる事実です。

そして、 〝微生物が生きている本物の発酵食品〟を体内に入れた時、私たちの身体の中では、一体どんなことが起こっているのでしょうか?

その鍵を握るのが、ズバリ、水素と電子なのです。

編集部 ポリフェノールと水素の関係を説明している人は、小鹿さん以外にはいないんですか。  

小鹿 いません。そんなアホなこと、誰も考えていない。

内海 僕も最初にこれを教えてもらったときはオカルトだと思いましたけども、実際に数字が出てますから、オカルトで済ませられないところがあるんです。最初は、先ほど言った層構造で電気が流れているというお話を聞いて、なるほどなと思ったんです。でも、小鹿さんも発酵技術の応用だということを言われる。通常、発酵食品でも、僕らの腸の中で菌そのものから電子が出ることは実際にわかっている

内海聡著『うつみんの凄すぎるオカルト医学 まだ誰も知らない《水素と電子》のハナシ』 
 
小鹿 直接調べたわけじゃないから、確かな情報じゃないかもしれませんが、広島に原爆が落ちたときに、草木は100年生えないと言われた。ところが、3年で放射能が自然になくなった場所があるんです水田です

8月に原爆が落とされて、9月に神の雨が降ったというくらい、広島は雨が多かったのです。
水田だから水がたまる。8月の時点では、稲穂が立っているのです。そこに放射線が来たわけでしょう。そこに水がついて、もともと泥の持っている電磁波と重なった。稲穂が立っていて緑のクロロフィルが来て、泥の電磁波が振動を起こせば、ここで水素と電子が出ます

だから、放射性物質を還元していくことがそれでわかると僕は思うわけです。何であろうが緑のものが来て、泥があって、水がついた時点で水素と電子があふれてくるそのことによって放射性物質は還元されていく

内海聡著『うつみんの凄すぎるオカルト医学 まだ誰も知らない《水素と電子》のハナシ』 

ようやく答えに辿り着いたようです。

あの日、原爆が投下された直後の長崎で、味噌汁を毎日飲んでいた秋月辰一郎医師の一行や、浴びるほど日本酒を飲んでいた人たちの腸の中では、本物の発酵食品の中に含まれる微生物(菌)から出た大量の水素(=電子)で満たされていたのです。

その電子により、彼らの身体を蝕もうとしていた原爆による放射性物資が還元された。 

その奇跡は、福島原発が爆発後の私たち東京都民にもそのまま、当てはまるのではないでしょうか?


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