2016年01月

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前回の記事
に引き続き、秋月辰一郎氏著の『死の同心円』より、放射能対策に有効だと思われる部分を抜粋して紹介します。

FullSizeRender死の同心円

















本書において、著者の秋月先生は、「アルコール治療法」と呼ばれる治療法について紹介しています。

反工師は爆心地から千五百メートルの距離で、防空壕の下検分をやっているとき、露天で被爆して負傷した
彼はその日の夕方、田中工務課長のいるところにたどりついたが、焼けただれて、課長はすぐに反工師とはわからなかったという。

「君はだれかね」
「反です。田中さん、やられましたよ。どうせ長いことはない。どうせ死ぬのなら、一杯やりたいもんだ。酒はありませんか」
「酒はないが、アルコールならある」

反工師は、火傷をしているのに、チビリチビリとアルコールをうすめて飲みはじめた。身体が燃えるように熱く感じて、工場の外の川に身を浸して、飲みつづけた。
彼はその後元気になったが同じ場所で同じように被爆した三人は一週間以内に死んでいる。これで、原爆には酒がいいという話が広まった

秋月辰一郎著『死の同心円

『炎の中に』の著者である田川衛生兵長は、千四百メートルのところで被爆したが、その日の午後、長崎駅から大波止のほうへ歩いてゆくと、五島町に長崎随一の酒屋があり、酒倉に人々が群らがって、フラフラになるほど酒を飲んでいるのを見かけた。
田川さんも、水がわりに飯ごうになみなみと注いで大酒を飲み、疲れと酔いで、そのまま寝てしまい、やっと日が暮れてから大浦に帰りついた。人々は泥と血にまみれ、足もとがおぼつかない田川さんを見て瀕死の重傷かと思ったが、ふしぎなことにすっかり元気になっているとうとう急性あるいは亜急性の放射能症は出なかったのである

秋月辰一郎著『死の同心円

長崎医大病院で被爆した調教授(現在長崎大名誉教授)は、爆心地からわずか六百メートルの病院内で被爆し、永井隆先生や角尾学長の手当てに奔走し、大ぜいの負傷者を治療したが、八月末ごろから身体に異常を感じ、九月にはいって、亜急性放射能症が悪化した。先生自身、死を覚悟していたが、たまたま九月二十日ごろ、医専の三年生がやってきて、先生のところに泊まった。
白血球二千、疲労感激しく、溢血斑が無数にあらわれていたので、学生に夜通し話をしかけられて、ほとほと困ったらしい。早く寝てくれないかと思っていると、学生は土間にあったアルコール瓶を見つけ、糖液でうすめて飲みはじめた。

「先生もいかがですか」
「そんなものを飲んで、死んでもしらないよ」
「大丈夫です。メチルでなく、エチルですから……。さ、どうぞ」
すすめられるままに飲むと、急に体が温まり、いくらしゃべっても疲れを感じなくなった。

学生が帰ってからも、先生は朝夕、薬がわりにアルコールを飲んだ。すると、ぐんぐん力がついて一時は危篤といわれたのに間もなく起き上れるようになったアルコールが効いたとしか考えられないのである

秋月辰一郎著『死の同心円

この3つは大変興味深い事例です。
戦時中なので、おそらくアルコールは日本酒のことであると思われます。

いずれの例も、爆心地からほとんど離れていない近距離で被爆しているにもかかわらず、アルコールを摂取することで、放射能症にやられることなく生き延びているのです。

これらの事実から、日本酒は放射能に効く、ということが言えるのです。

これは、このまま、福島原発事故により放射能汚染されてしまった東京をはじめとする首都圏で生活する人たちにも当てはまるのではないでしょうか?

こう書くと、早速日本酒を飲んでみようと、近所のコンビニやスーパーに走る人が出てくるかもしれませんが、全く無駄なので、やめておいた方が良いと思います。

なぜなら、日本酒は日本酒でも、微生物が生きている本物の日本酒でないと意味がないからです。

ところが、残念なことに、戦前と戦後では、日本酒は似ても似つかぬものに変わり果ててしまいました。

私が求めている「百薬の長」とは、戦前に存在した酒のことだ。合成乳酸や、アルコール、うまみを調整する添加物などの混じらない、本物の酒が飲まれていた時代が日本にはあったそれならば本来の酒造りに戻せば、「百薬の長」と呼ばれるようになるのではないか。

寺田啓佐著『発酵道―酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方』 
 
そんな中、この書籍の著者である、故・寺田啓佐(けいすけ)氏が先代当主をつとめた蔵元、寺田本家の作る自然酒は、現代日本において現存する数少ない〝微生物が生きている本物の日本酒〟です。


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本ブログでは、放射能汚染されたこの東京に住む人々が、内部被曝による発癌リスクから逃れるために必要な知識を習得することができる書籍を紹介しています。

本日紹介するのは、故・秋月辰一郎氏の著書『死の同心円』です。

FullSizeRender死の同心円

















秋月辰一郎先生は、長崎浦上第一病院(現 聖フランシスコ病院)の院長。

爆心地から1.4キロメートルの勤務地にて原爆に被爆したものの、独自の栄養論に基づいた食事を摂ることで、周りの人々が次々と原爆症(放射能症)で死亡していく中、自身と病院の職員が奇跡的に生存します。

本日はその栄養論に基づく食事法について、同書より紹介したと思います。

被爆以来、全身火傷やガラス創などの治療に専念してきた私は、八月十三日ごろから新しい疾病に直面した。あとになって、原爆症と呼ばれるものである。

私は想像と推理によってこれを「レントゲン・カーター」に似たものと断定し、私がそれに苦しめられたとき、よく食塩水を飲んだことを思い出した。レントゲン・カーターの患者に、生理的食塩水より少し多く塩分を含んだ水を飲ませることは、レントゲン教室で働いている者の常識であった。私には原子生物学の知識はなかったが、
「爆弾をうけた人には塩がいい。玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ塩からい味噌汁をつくって毎日食べさせろ。そして、甘いものを避けろ。砂糖は絶対にいかんぞ
と主張し、職員に命じて強引に実行させた。

それは、私が信奉しているミネラル栄養論とも一致する考え方であった。
この考え方に立てば、食塩のナトリウムイオンは造血細胞に賦活力を与えるが、砂糖は造血細胞に対する毒素である。

浦上第一病院の患者と職員に、こうして私のミネラル栄養論を実践したが、ついでに死の灰がいっぱい付着したカボチャもずいぶん食べさせてしまった。せっせと味噌汁に入れて食べたので、二次放射能で腸をやられたかもしれない。もっとも、味噌の解毒作用によって、プラスマイナス・ゼロになったと考えられる。

原野と化した病院の庭で、ナスはふしぎなほどよくとれた。昔からナスの花にむだはないというが、それにしても被爆後のナスの実りは異常だった。八月末から十月にかけて、例年にない収穫があり、私たちはそれを味噌漬にして毎日食べた。

虚弱体質の私が、千四百メートルの距離で被爆しながら原爆症にならず、病院の職員や患者全員がレントゲン・カーターに似た自覚症状を感じながら、なんとかそれを克服し、働きつづけることができたのは、私はやはり食塩のおかげであり、秋月式栄養論の成果であったと思う。私の周囲にいた人々は、みなそれを信じている。たとえ学会に認められない説であっても……。

秋月辰一郎著『死の同心円

これは大変貴重な情報です。

上記の書籍から以下のことがわかります。

  1. 玄米と味噌は放射能に有効な食べ物である。(放射性物質で汚染された食べ物と一緒に摂ると有効である)
  2. 放射性物質で汚染された地域に住んでいる人は、砂糖を摂ってはいけない。

こうしたことを書くと、必ず次のように反論してくる人がいます。 

科学的な根拠が明示されていないではないか?

しかし、私はこう言いたい。

芸能人が次々と発癌したり、突然死していく異常事態の東京でもはやそんな呑気なことを言っていては、次にあなたが死んでしまいます。

今は理論よりも、爆心地のすぐ近くで被爆しても放射能症によって死ななかった人がいた、という事実の方を重視すべきではないでしょうか?


やるべきことは以下の2つ

  1. 微生物が生きている本物の味噌を積極的に摂ること
  2. 砂糖を極力食べないこと

私たちは、この放射能汚染された東京で、生き延びていかなければならないのです。
 

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