地下鉄サリン事件から21年が経ちました。

悲しみと怒り、当時のまま 地下鉄サリン21年

日本経済新聞
2016/3/21 1:38 

13人が死亡、6千人以上が負傷した地下鉄サリン事件から21年を迎えた20日、現場の一つ、東京メトロ霞ケ関駅(東京・千代田)で慰霊式が行われ、遺族や職員が冥福を祈った。同駅の助役だった夫の高橋一正さん(当時50)を亡くしたシズヱさん(69)も献花し、「悲しみや怒りは当時のまま」と話した。 

当時世間を揺るがせた殺人集団オウム真理教による毒物テロ。

実は、現代社会においても、同様のことが形を変えて行われています。

何処で?

驚愕の事実を、ジャーナリストである船瀬俊介氏の『わが身に危険が迫ってもこれだけは伝えたい日本の真相!』から紹介しましょう。

わたしの手元に一冊の本がある。タイトルは『抗がん剤調整マニュアル』(じほう出版)。

そこに驚愕の写真、イラストがあった。ゴーグルにマスク、防護頭巾、さら袖口まで厳重な防護服に覆われ、両手には白いゴム手袋。
 
わたしは、この写真を見た瞬間に、「これは原発と同じだ!」と直感した。まるで福島第一原発で放射能汚染と闘う原発作業員ではないか。

船瀬俊介著『aaa』 

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しかし、かれらが取り扱っているのは放射性物質ではない。かれらは病院の薬剤師であり、抗がん剤の瓶やアンプルから薬剤を注射器に移し換える作業をしているのだ。
たったそれだけの作業で、この厳重な警戒ぶり!
まさに高レベル放射性物質並みの危険物といえる。

抗がん剤は地下鉄サリン並みの超猛毒物質

この防護服で、あなたは過去の悪夢を思い出したはずだ。
そう、地下鉄サリン事件だ。まさにこの厳重防護は、抗がん剤がサリン並みの超猛毒であることを、はからずも露呈している。

『調整マニュアル』は、抗がん剤は飛沫どころか気体を吸っても超猛毒で危険……と、薬剤師や看護師に注意を喚起しているのだ。

そもそも抗がん剤のルーツは、第一次、第二次世界大戦で濫用された毒ガス兵器である、この窒素マスタードガス剤は、たとえば乳がん治療で使われる抗がん剤(投与量換算)では8割を占める!
 
これら毒ガス兵器(マスタードガス類)は、すでに1923年、ジュネーブ条約の化学兵器禁止条約で「サリン」「VXガス」と並んで「禁止指定」の「最も危険なランク」である「第一剤・化学兵器」として使用禁止とされている。

それが、あろうことか戦後は、密かに医薬品の抗がん剤に化けた。
これも大量破壊兵器の原爆が戦後、原発という〝平和産業〟に化けたのとそっくりだ。

ここまで読んで、まだあなたは抗がん剤治療をしたいと思うでしょうか?

サリン事件は、形を変えて現代も病院の中で続いているのです。

そして、上記の調整マニュアルは、抗がん剤を取り扱う医師や看護師の身を守るためにあります。

そんな猛毒の抗がん剤を体内に注入される患者の身の安全など全く考慮されていません。

サリン並みの猛毒で患者を殺す。
日本がん医療、おそロシア…。


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