僕は、高城剛さんの大ファンです。

彼の生き方、持ち物、ライフスタイルに憧れ、このブログのタイトルも、妻と相談の上で、彼の著書『オーガニック革命』から取りました。 

そんな高城剛さんが自らの持ち物について記した著作『LIFE PACKING 未来を生きるためのモノと知恵』の中で、自らとモノの関係について語っているくだりが興味深く、何度も読み返しています。

今から5年ほど前、自分の持ち物の99%を処分しました。

自分の身の回りを見ても、履かないコレクタブルなスニーカー、必要のないフィギュアやガジェットが山積みになり、当時、神宮前にあった60畳を超える家の隅々まで埋め尽くしていたのです。

それはまるで「20世紀の残骸」のようでした。

高城剛『LIFE PACKING 未来を生きるためのモノと知恵
 

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高城剛『LIFE PACKING2.1 未来を生きるためのモノと知恵


確かに僕達が駆け抜けてきた20世紀は大量生産・大量消費の時代だったのかもしれません。

すなわち、物を所有することは、私たちの願望であり、同時にステイタス(=周りから認められるための条件)でもあったのです。

しかし、時代は変わりました。

高城剛さんが上記の著作で書き記したように、物で溢れかえった現代(=21世紀)では、所有することはクール(=かっこ良い、憧れの対象となること)ではありません。

そして、身の回りを物(所有物)で溢れさせたいという欲求がなくなると同時に、私たちはテクノロジーの進化とともに、次のような状況に置かれるようになりました。

  • スマートフォンにあらゆる機能が集約化されることにより、その機能を果たすために必要な物をそもそも所有する必要が無くなった
  • あらゆる情報(映像、音楽、画像、文字)がデータ化され、クラウド上にアップされることにより、それを保存する媒体や再生するための機器が不要になった

それは、物を所有しなくても生きていける時代に突入したということ。

極端な話をすると、インターネット環境下という条件があれば、私たちは、スマートフォンとバッテリーと下着をリュックに詰め込んで移動しながら、どこででも生きていける、という時代が到来したことを意味しています。

あらゆるものがデジタル化され、バーチャルな存在になるとともに、一つのデバイス(=その先にあるインターネット上のクラウド空間も含めて)に集約されていく未来。

その来るべき未来に向けて、私たちは自らの生き方をどのように変えていく必要があるのでしょうか?

そのヒントも、高城剛さんが私たちにその著作やツイートを通して教えてくれているのです。








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