カテゴリ: 放射能汚染

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「最後の被爆地に」=キャンドルに平和の願い-長崎

時事通信
2017/08/08-20:49

72回目の原爆の日を前に、長崎市の平和公園で8日夜、キャンドルに明かりをともす「平和の灯(ともしび)」が行われた。手作りのキャンドル約4000本が会場を照らし、参加者は「最後の被爆地に」との思いを新たにした。

1945年8月9日、長崎へ投下された原子爆弾は、多くの命を一瞬にして奪い去ります。
また、奇跡的に生き残った人たちも、その後、原爆症(放射能症)に苦しみながら次々と亡くなっていきました。

そんな中で、原爆症(放射能症)を発生することなく、奇跡的に生き残った(もちろん後遺症も無しに)人たちがいます。

なぜ彼らは生き残ることができたのか?
今回の記事では、水素と電子の観点から、その謎に迫ってみたいと思います。

  • 玄米と塩、味噌汁を飲んでいて生き残った人たち
まずはじめに紹介するのは、爆心地からわずか1.4㎞の距離にある浦上第一病院(戦後に聖フランシス病院と改名)で自身も被ばくした故・秋月辰一郎医師と看護師、患者一行のケースです。

最初に、秋月氏自身の著作『死の同心円―長崎被爆医師の記録』から、そのくだりを紹介します。

被爆以来、全身火傷やガラス創などの治療に専念してきた私は、八月十三日ごろから新しい疾病に直面した。あとになって、原爆症と呼ばれるものである。
私は想像と推理によってこれを「レントゲン・カーター」に似たものと断定し、私がそれに苦しめられたとき、よく食塩水を飲んだことを思い出した。レントゲン・カーターの患者に、生理的食塩水より少し多く塩分を含んだ水を飲ませることは、レントゲン教室で働いている者の常識であった。

私には原子生物学の知識はなかったが、
「爆弾をうけた人には塩がいい。玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ。塩からい味噌汁をつくって毎日食べさせろ。そして、甘いものを避けろ。砂糖は絶対にいかんぞ
と主張し、職員に命じて強引に実行させた。
 
虚弱体質の私が、千四百メートルの距離で被爆しながら原爆症にならず、病院の職員や患者全員がレントゲン・カーターに似た自覚症状を感じながら、なんとかそれを克服し、働きつづけることができたのは、私はやはり食塩のおかげであり、秋月式栄養論の成果であったと思う。

秋月辰一郎著『死の同心円―長崎被爆医師の記録』 

このように、病院の職員や患者は、秋月氏の教えを守り、①玄米を食べ②味噌汁を飲み③砂糖を避けることで、原爆症(放射能症)から自らの身を守ることに成功したのです。

  • 日本酒を飲んでいて、原爆症を免れた人たち
死の同心円―長崎被爆医師の記録』には、上記のケースだけでなく、日本酒を浴びるように飲んでいて奇跡的に一命を取り留めた男性のエピソードについても書かれています。

反(そり)工師は爆心地から千五百メートルの距離で、防空壕の下検分をやっているとき、露天で被爆して負傷した

彼はその日の夕方、田中工務課長もいるところにたどりついたが、焼けただれて、課長はすぐには反(そり)工師とはわからなかったという。

「君はだれかね」
 
「反(そり)です。田中さん、やられましたよ。どうせ長いことはない。どうせ死ぬなら、一杯やりたいもんだ。酒はありませんか」
 
「酒はないが、アルコールならある」
 
反(そり)工師は、火傷をしているのに、チビリチビリとアルコールをうすめて飲みはじめた。身体が燃えるように熱く感じて、工場の外の川に身を浸して、飲みつづけた。
 
彼はその後元気になったが、同じ場所で同じように被爆した三人は、一週間以内に死んでいる。これで、原爆には酒がいいという話が広まった

秋月辰一郎著『死の同心円―長崎被爆医師の記録』 

もちろんこれだけなら只の偶然で片付けられてもおかしくありません。
しかし、同じく日本酒を飲んでいて奇跡的に助かった事例が他にもあったらどうでしょうか?

『炎の中に』の著者である田川衛生兵長は、千四百メートルのところで被爆したが、その日の午後、長崎駅から大波止のほうへ歩いてゆくと、五島町に長崎随一の酒屋があり、酒倉に人々が群らがってフラフラになるほど酒を飲んでいるのを見かけた。
 
田川さんも、水がわりに飯ごうになみなみと注いで大酒を飲み、疲れと酔いで、そのまま寝てしまい、やっと日が暮れてから大浦に帰りついた。人々は泥と血にまみれ、足もとがおぼつかない田川さんを見て瀕死の重傷と思ったが、ふしぎなことにすっかり元気になっている。とうとう急性あるいは亜急性の放射能症は出なかったのである。

秋月辰一郎著『死の同心円―長崎被爆医師の記録』 

さらにもう一つの例を紹介します。

長崎医大病院で被爆した調教授(現在長崎大名誉教授)は、爆心地からわずか六百メートルの病院内で被爆し永井隆先生や角尾学長の手当てに奔走し、大ぜいの負傷者を治療したが、八月末ごろから身体に異常を感じ、九月にはいって、亜急性放射能症が悪化した

先生自身、
死を覚悟していたが、たまたま九月二十日ごろ、医専の三年生がやってきて、先生のところに泊まった。
白血球二千、疲労感激しく、溢血斑が無数にあらわれていたので、学生に夜通し話をしかけられて。ほとほと困ったらしい。早く寝てくれないかと思っていると、学生は土間にあったアルコール瓶を見つけ、糖液でうすめて飲みはじめた
 
「先生もいかがですか」
 
「そんなものを飲んで、死んでも知らないよ」
 
「大丈夫です。メチルてなく、エチルですから……。さ、どうぞ」
 
すすめられるままに飲むと、急に身体が温まり、いくらしゃべっても疲れを感じなくなった。学生が帰ってからも、先生は朝夕、薬がわりにアルコールを飲んだ
すると、
ぐんぐん力がついて一時は危篤といわれたのに、間もなく起き上がれるようになった。アルコールが効いたとしか考えられないのである
 
こういう例はいたるところにあったらしい。何が効くかわからない。人間の腸粘膜の細胞は、ふしぎなものである。

秋月辰一郎著『死の同心円―長崎被爆医師の記録』 
 
ここまで続くと単なる偶然とは思えません。

上記の事象から、日本酒を飲むことで、放射能症による死を回避できることがわかります。

ただ、どうしても先の玄米と味噌汁の事象との共通点がわからない。
私自身も、事象についての理解はするものの、その理論的な意味づけができずに、長らく半信半疑な状態が続いていました。

この奇妙な符合の秘密は果たしてどこにあるのか?
なぜ、玄米と味噌を食べたり、日本酒を飲んでいる人だけが助かったのか?

それは、Tokyo DD Clinicの院長であり、自らをキチガイ医と称する内海聡氏の著作を読むことで明らかになったのです。

解決への1つ目のキーワードは、〝発酵〟です。

「放射能」の項にも登場した医師の秋月辰一郎さんがいうように、辛いみそ汁には意味があります。みそに含まれる塩分、そして発酵食品であることが健康にいい影響を与えるのです。
みそは、食品添加物が入っているものを使ってはいけません。「添加物なし」と書かれたみそにも、実は食品添加物が入っていることがあります。これを見抜くには、あなた自身の消費者としての目を養うしかありません。
 
昔ながらの製法による、天日干しをして天然塩だけで漬け込んだ梅干や、同じく昔ながらの製法で作られた食品添加物なしの漬物も健康にいいでしょう。
梅干や漬物に含まれる自然由来のクエン酸、菌、ミネラルなどにも、化学物質や放射性物質解毒効果があります腸内の善玉菌を増やす効果もありますので、伝統的な発酵食品を子どもになるべく食べさせましょう
 
摂るならば、みそ、醤油、納豆、漬物、梅干し、塩麹など日本古来の発酵食品がいいでしょう

内海聡著『子どもを病気にする親、健康にする親 (世界に満ちる毒から子どもを守れ)』 

まず、味噌の効用として、そこに含まれる塩分と、発酵していることが挙げられます。
ただし、食品添加物が入っていない本物の発酵食品としての味噌、という条件つきですが…。 

また、この添加物入りの味噌は、戦後になって登場してきたこともわかっています。

昭和のはじめ頃までは、一般的な味噌の熟成期間は1年から3年程度でした。
しかし第二次大戦後は、伝統製法による理想にとって代わって、効率最優先の製法で作られる「速醸味噌」が、一般的な味噌となってしまいました
速醸味噌とは、加熱して無理やり麹の働きを活発にし、本来なら1年かかる熟成時間を、わずか20日くらいに短縮して味噌を造る手法です。
この速醸味噌には、殺菌や長期保存、変質変色防止や風味づけのために、たくさんの種類の化学合成された添加物が使われています
こうして、世界に誇る伝統食である「味噌」は、まったく別のものに変わってしまいました。

秋山龍三著『「食事」を正せば、病気、不調知らずのからだになれる ふるさと村のからだを整える「食養術」』 

それでは、つづいて、日本酒に行きましょう。

ここで、味噌と日本酒の共通項がおぼろげに浮かび上がってきます。
それは、両方とも発酵食品であるということ。

最初に手掛けたことは、本業の酒造りでした。完全に傾いてしまった酒蔵を立て直すためにも、良い発酵場で造った本物のお酒を造ろうと決意しました。
 
本来、日本酒の材料は米と水、麹(蒸した米に麹菌を植えつけ、麹菌の酵素によって米のデンプンを糖化させたもの)のみです。いい米といい水、いい麹がそろえば、あとは酒蔵に棲みついている微生物(発酵菌)がアルコールを生み出し、米が持つ滋味滋養をいい感じで引き出して、自然とうまい酒を造ってくれます。

寺田啓佐著『斎藤一人 発酵力 微生物に学んだ人生の知恵』 
 
ここで、先ほどの味噌と同じ事象に遭遇します。
日本酒も、味噌と同様、戦後に普及した添加物まみれの〝ニセモノ〟を回避しないといけなくなったのです。

ちなみに三増酒とは、醸造用アルコールのほかに、ブドウ糖や水あめ、味を和らげる食品添加物、うま味調味料などを人工的に加えたものです。
もちろん、三増酒を造っても法律違反ではありません。しかし、三増酒は本来の酒とはかけ離れたものです。日本酒の体裁をとりながらも、中身は偽物と言っても過言ではありません。
なにより三増酒は、飲み過ぎると翌日には気持ちが悪くなります。これは、三増酒に含まれる添加物による悪酔いです。
戦後、ウチの蔵を含め、多くの酒蔵がこの三増酒に手を染めました。その結果、世間に「日本酒は二日酔いしやすい」という誤解が広まってしまったのです。

寺田啓佐著『斎藤一人 発酵力 微生物に学んだ人生の知恵
 
以上のことから、味噌も日本酒も、添加物まみれの〝ニセモノ〟が幅をきかせるようになったのが戦後(第二次世界大戦後)だということがよくわかります。

そして、これこそが、なぜ〝彼ら〟だけが原爆症にならずに生き残ることができたのか?
その真の理由を知るための鍵を握っているのです。

ここで私たちが認識しなければならないのは、味噌も日本酒も添加物まみれになったのが戦後だということは、長崎への原爆投下時に、一般の人たちが食べたり飲んだりしていたのは、まさに、〝微生物が生きている本物の発酵食品〟だったという厳然たる事実です。

そして、 〝微生物が生きている本物の発酵食品〟を体内に入れた時、私たちの身体の中では、一体どんなことが起こっているのでしょうか?

その鍵を握るのが、ズバリ、水素と電子なのです。

編集部 ポリフェノールと水素の関係を説明している人は、小鹿さん以外にはいないんですか。  

小鹿 いません。そんなアホなこと、誰も考えていない。

内海 僕も最初にこれを教えてもらったときはオカルトだと思いましたけども、実際に数字が出てますから、オカルトで済ませられないところがあるんです。最初は、先ほど言った層構造で電気が流れているというお話を聞いて、なるほどなと思ったんです。でも、小鹿さんも発酵技術の応用だということを言われる。通常、発酵食品でも、僕らの腸の中で菌そのものから電子が出ることは実際にわかっている

内海聡著『うつみんの凄すぎるオカルト医学 まだ誰も知らない《水素と電子》のハナシ』 
 
小鹿 直接調べたわけじゃないから、確かな情報じゃないかもしれませんが、広島に原爆が落ちたときに、草木は100年生えないと言われた。ところが、3年で放射能が自然になくなった場所があるんです水田です

8月に原爆が落とされて、9月に神の雨が降ったというくらい、広島は雨が多かったのです。
水田だから水がたまる。8月の時点では、稲穂が立っているのです。そこに放射線が来たわけでしょう。そこに水がついて、もともと泥の持っている電磁波と重なった。稲穂が立っていて緑のクロロフィルが来て、泥の電磁波が振動を起こせば、ここで水素と電子が出ます

だから、放射性物質を還元していくことがそれでわかると僕は思うわけです。何であろうが緑のものが来て、泥があって、水がついた時点で水素と電子があふれてくるそのことによって放射性物質は還元されていく

内海聡著『うつみんの凄すぎるオカルト医学 まだ誰も知らない《水素と電子》のハナシ』 

ようやく答えに辿り着いたようです。

あの日、原爆が投下された直後の長崎で、味噌汁を毎日飲んでいた秋月辰一郎医師の一行や、浴びるほど日本酒を飲んでいた人たちの腸の中では、本物の発酵食品の中に含まれる微生物(菌)から出た大量の水素(=電子)で満たされていたのです。

その電子により、彼らの身体を蝕もうとしていた原爆による放射性物資が還元された。 

その奇跡は、福島原発が爆発後の私たち東京都民にもそのまま、当てはまるのではないでしょうか?


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有名人の癌が増えていることが、データベースから証明された
 








ヒップホップグループ・ET-KINGのリーダー・いときん(38)が肺腺がんを患っていることを3日、公表した。ステージ4の進行がんで、リンパ節、脳にも転移しているといい、当面の活動を休止し治療に専念する。

一連のニュースを見て、私なりに、少し気になることがありましたので、今回の記事に書かせて頂きます。

それは、ここ最近、芸能人も含めた、有名人の癌が多すぎないか? という疑問です。

単なる私の思い違いならいいのですが、気になって仕方がありません。

そこで、ウィキペディア等で、有名人の癌について調べてみました。


以下、癌で亡くなった方と、現在闘病中の方(完全に回復した方を含む)について列挙した結果です。

◆は亡くなった方、◇は闘病中(完全に回復した方を含む)の方です。

◆の方の名前の後の情報は、亡くなった年月日(没年齢)/癌の種類 になります。

記載した情報は全て、ウィキペディア等に掲載されているもので、どなたでも同じ情報を確認することが可能です。

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亡くなった方々

1980年代

◆越路吹雪/1980年11月7日(満56歳没)/胃癌

◆横溝正史/1981年12月28日(/満79歳没)/結腸ガン

◆夏目雅子/1985年9月11日(満27歳没)/急性骨髄性白血病

◆石原裕次郎/1987年7月17日(/満52歳没)/肝臓癌

◆宇野重吉/1988年1月9日(満73歳没)/肺がん

◆堀江しのぶ/1988年9月13日(満23歳没)/スキルス性胃癌

◆松田優作/1989年11月6日(満40歳没)/膀胱癌


1990年代

◆渥美清/1996年8月4日(満68歳没)/転移性肺癌

◆逸見政孝/1993年12月25日(/満48歳没)/スキルス胃癌

◆勝新太郎/1997年6月21日(/満65歳没)/下咽頭癌


2000年代

◆アンディ・フグ(キックボクサー)/2000年8月24日(/満35歳没)/急性前骨髄球性白血病

◆藤井将雄(プロ野球選手)/2000年10月13日(満31歳没)/肺癌

◆中谷一郎/2004年4月1日(満73歳没)/咽頭癌

◆松原みき/2004年10月7日(満44歳没)/子宮頸癌

◆貴ノ花利彰(元大関貴ノ花)/2005年5月30日(/満55歳没)/口腔底癌

◆杉浦日向子/2005年7月22日(満46歳没)/下咽頭癌

◆本田美奈子/2005年11月6日(満38歳没)/急性骨髄性白血病

◆仰木彬/2005年12月15日(満70歳没)/肺癌

◆絵門ゆう子/2006年4月3日(満49歳没)/乳癌 

◆中島忠幸(カンニング)/2006年12月20日(満35歳没)/急性リンパ性白血病

◆羽田健太郎/2007年6月2日(満58歳没)/肝細胞癌

◆阿久悠/2007年8月1日(満70歳没)/腎臓癌

◆島野育夫(元プロ野球コーチ)/2007年12月15日(満63歳没)/胃癌

◆加藤博一(元プロ野球選手)/2008年1月21日(満56歳没)/肺ガン

◆深浦加奈子/2008年8月25日(満48歳没)/S状結腸癌

◆緒形拳/2008年10月5日(満71歳没)/肝癌

◆峰岸徹/2008年10月11日(満65歳没)/肺癌

◆筑紫哲也/2008年11月7日(満73歳没)/肺癌

◆忌野清志郎/2009年5月1日(満58歳没)/喉頭癌

◆川村カオリ/2009年7月28日(満38歳没)/乳癌


2010年代

◆田中好子(元キャンディーズ)/2011年4月21日(満55歳没)/乳がん

◆坂口良子/2013年3月27日(満57歳没)/横行結腸癌
2013年3月27日午前3時40分、横行結腸癌および肺炎のため死去。
同月中旬には『週刊女性』が坂口の重病説を報道、これに対して坂口は自身のブログで、前年末から腸閉塞・肺炎・インフルエンザに罹患し、点滴治療を受けるなどして静養中であると説明していた。

◆島倉千代子/2013年11月8日(満75歳没)/肝臓癌

◆やしきたかじん/2014年1月3日(満64歳没)/食道癌
2012年1月31日には公式ウェブサイトで、食道癌(早期のものと発表していたが、実際は進行していたという)治療のため芸能活動を休止することを発表した。

◆淡路恵子/2014年1月11日(満80歳没)/食道がん
また直腸がんの手術も成功していたが、2013年9月以降食事を受け付けなくなり、徐々に体力が落ちていき、所属事務所の社長の話によれば、2014年1月9日に会ってから容体が急変したという。

◆蟹江敬三/2014年3月30日(満69歳没)/胃がん
2013年12月末に末期の胃がんとの診断を受け、2014年1月から体調を崩して入退院を繰り返した。

◆渡辺淳一/2014年4月30日(満80歳没)/前立腺癌

◆高倉健/2014年11月10日(満83歳没)/悪性リンパ腫

◆ジョニー大倉/2014年11月19日(満62歳没)/肺癌
2013年6月に肺癌と診断されて余命2週間を宣告された後、抗癌剤治療を経て2014年3月に退院。

◆菅原文太/2014年11月28日(満81歳没)/肝がん
2014年11月13日に定期健診で病院を訪れてそのまま入院。

◆石井光三/2015年1月6日(満83歳没)/肝内胆管がん
2012年ごろに肝内胆管がんと診断されて在宅医療を受けて闘病を続けていたが、2015年1月6日に東京都世田谷区内の自宅にて死去。
石井光三 - Wikipedia

◆大豊泰昭(元プロ野球選手)/2015年1月18日(満51歳没)/急性骨髄性白血病

◆斉藤仁(元柔道金メダリスト)/2015年1月20日(満54歳没)/肝内胆管がん
2013年、肝内胆管がんが判明し、闘病生活に入りながら選手の指導にあたっていた。

◆シーナ(シーナ&ザ・ロケッツ)/2015年2月14日(満61歳没)/子宮頸癌

◆坂東三津五郎/2015年2月21日(満59歳没)/すい臓癌
2013年8月、膵臓に腫瘍が判明し手術・治療のため入院。2015年2月21日、膵臓癌の治療を続けていたが59歳で死去。
 
◆愛川欽也/2015年4月15日(満80歳没)/肺がん
2014年冬に体調の不安を訴え検査したところ肺がんであることが判明したが、本人の希望で自宅療養を行い、最後まで仕事復帰する可能性に懸け病状を伏せていたという。

◆今井 雅之/2015年5月28日(満54歳没)/大腸癌
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2014年末に腸閉塞のために体調を崩し医師から「余命3日」を宣告され緊急手術を行い、術後には回復した事をブログで報告。2015年4月30日には記者会見を開き、3月から入院中で、抗がん剤治療をしており、「ステージ4」の末期ガンであることを明かした。

◆今いくよ/2015年5月28日(満67歳没)/胃がん
胃がんの治療に専念するため2014年9月17日より休業、12月3日に舞台復帰したが2015年5月28日に逝去した。

◆黒木奈々/2015年9月19日(満32歳没)/胃癌
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2014年7月27日、急性胃潰瘍でレストランで倒れ緊急入院。検査の結果、悪性細胞が見つかり同年8月27日放送分以降休養。同年9月10日に胃癌を患っていることを公表した。
 
◆川島なお美/2015年9月24日(満54歳没)/肝内胆管癌 
2013年8月に健康診断で腫瘍が見つかり、即手術を勧められるも拒否。腫瘍は肝内胆管癌であることが判明。

◆盛田幸妃/2015年10月16日(満45歳没)/脳腫瘍
2005年の夏に脳腫瘍が再発するが、翌2006年2月に除去手術を受けて成功した。しかしその後も2010年に脳腫瘍の転移した骨腫瘍が発生、2013年には脳腫瘍も再発、骨への転移と手術も繰り返すようになり、2014年の春には大腿骨を骨折していた。
 
◆松来未祐/2015年10月27日(満38歳没)/悪性リンパ腫
2015年7月14日、「今年に入って熱が下がらず、病院で検査を繰り返していたのですが、急性の肺炎で検査を重ねたところで、少しでも早く治療に取り組まないといけない病気であることが分かりました」と語り、病気治療のために活動を休止することを発表した。 その後、本格的な療養生活に入ったが治療の甲斐なく2015年10月27日午後10時18分、入院先の東京都内の病院で死去。その後、四十九日が経過した同年12月15日に遺族から病名公表の要望があったことから、難病に近い非常に希少な病気である慢性活動性EBウイルス感染症に感染していたこと、最終的な死因は悪性リンパ腫であったことが公表された。

◆元横綱 北の湖理事長/2015年11月20日(満62歳没)/直腸癌
2015年九州場所が開かれているさなかの11月19日夜に持病の貧血の症状を示す。翌11月20日朝に救急車で福岡市の済生会福岡総合病院に搬送されて入院し、点滴治療などを受けていたが、直腸癌による多臓器不全のため同日午後6時55分に死去した。

◆フジモトマサル/2015年11月22日(満46歳没)/慢性骨髄性白血病
2015年11月22日、慢性骨髄性白血病のため死去。46歳没。

◆杉本章子/2015年12月4日(満62歳没)/乳がん
晩年はガンで余命宣告を受け、ホスピスで執筆を続けた。2015年12月4日、乳がんで死去。

◆竹田圭吾/2016年1月10日(満51歳没)/膵臓がん
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2015年9月27日、コメンテーターとして出演するフジテレビ系の情報番組『Mr.サンデー』において、自らががん治療中でかつらを着用していることを告白した。2016年1月10日、膵臓がんにより死去。51歳没。

◆松原正樹(ギタリスト)/2016年2月8日(満61歳没)/十二指腸がん
松原さんは昨年5月、十二指腸がんが判明。6月に開腹手術をしたもののすでに手の施しようがなかったという。

◆村田和人(シンガー・ソングライター)/2016年2月22日(満62歳)/大腸がん
2015年1月まで日本各地を訪れるライブ活動を精力的に行っていたが、体調の不備を自覚。治療をしながら音楽活動を続けていたが、2016年2月初旬には春から行われるライブツアー中止を発表。日を置かずして体調が悪化。同年2月22日に大腸がんからの転移性肝臓がんにより死去した。62歳だった。

◆江戸家猫八/2016年3月21日(満66歳)/進行性胃がん
2016年3月8日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』に長男とともに出演。これが最後の仕事となった。
『徹子の部屋』出演から13日後の3月21日、進行性胃がんのため死去。66歳没。

◆和田光司/2016年4月3日(満42歳)/上咽頭がん
2016年4月3日早朝、上咽頭がんにより死去。42歳没。

◆山本功児(プロ野球選手)/2016年4月23日(満64歳)/肝臓がん
2016年4月23日、北九州市内の自宅で肝臓がんの為逝去。64歳没。

◆松智洋/2016年5月2日(満43歳)/肝臓癌
2016年5月2日、肝臓癌により43歳で死去した。

◆水谷優子/2016年5月17日(満51歳)/乳癌
2016年5月17日、乳癌のため死去。51歳没。2年ほど前に乳癌の摘出手術を受けており、『ちびまる子ちゃん』のアフレコも5月22日・29日放送分を収録した4月22日まで参加していたが、5月に入って入院していたという。

◆今坂勝広(ボートレーサー)/2016年5月21日(満40歳)/胃癌
ボート選手の今坂勝広氏(いまさか・かつひろ)が21日午後6時55分、胃がんのため死去した。40歳。

◆千代の富士貢/2016年7月31日(満61歳)/すい臓癌
それから1か月経過後の2015年7月12日、7月場所初日に「内臓疾患により3週間の加療入院」の診断書を提出し、同場所を全休した。翌9月場所初日の復帰時に、初期の膵臓癌が発覚し手術を受けたことを公表した。2016年7月31日午後4時頃、東京大学附属病院で死去。61歳没。

◆川島道行/2016年10月9日(満47歳)/脳腫瘍
晩年は後述の脳腫瘍により正確な意思の疎通も難しくなり、車椅子での生活を余儀なくされていた。2016年10月9日、脳腫瘍のため逝去。47歳没。

◆平尾誠二/2016年10月20日(満53歳)/胆管細胞がん
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2016年10月20日午前7時16分、京都市内の病院で死去。53歳だった。 病名などの死因については当初は遺族の意向によって非公表となっていたが、その後親族からの発表にて前年秋から胆管細胞がんの闘病中であったことが明らかになった。
平尾誠二 - Wikipedia

◆黒沢健一(L⇔R)/2016年12月5日(満48歳)/脳腫瘍
2016年10月3日、自身の公式サイト上で、脳腫瘍の治療中であることを公表。2015年10月のライブのリハーサル中にめまいを起こしたことをきっかけに検査をした結果発覚し、その後入退院を繰り返していた。
同年12月5日に脳腫瘍により逝去。48歳没。
黒沢健一 - Wikipedia

◆松方弘樹/2017年1月21日(満74歳)/脳リンパ腫
2016年(平成28年)2月23日、脳腫瘍の可能性があり、長期療養のため出演予定だった、3月1日から6月8日までの『夢コンサート』を降板し、6月からの舞台『遠山の金さんと女ねずみ』を中止すると発表した。3月2日、検査の結果「脳リンパ腫」との確定診断を受けたことが発表された。手術はせず、抗がん剤の投薬治療を行う。
2017年(平成29年)1月21日午前11時26分、脳リンパ腫により死去。74歳没。
松方弘樹 - Wikipedia

◆時天空慶晃
2016年8月25日、日本相撲協会の理事会は時天空の現役引退と、年寄・間垣の襲名を理事会で承認した。
同年11月場所からは療養に専念していたが、その甲斐も空しく2017年1月31日午前1時12分、東京都内の病院(死因は悪性リンパ腫)で死去。37歳没。
時天空慶晃 - Wikipedia

◆かまやつひろし
2016年9月6日、9月10日に出演予定だったイベントを欠席と肝臓がんであることが所属事務所から発表された。
2017年3月1日18時5分、膵癌のため東京都内の病院で死去。78歳没。
かまやつひろし - Wikipedia 

◆渡瀬恒彦
2015年(平成27年)の夏から秋にかけ、体調不良による入院で検査の結果胆嚢がんが見つかり、5か月間仕事を入れずに抗がん剤と放射線による治療に専念。
兄の渡哲也によるとこの時点で「ステージIV、余命1年」を宣告されていたという。
渡瀬恒彦 - Wikipedia 

◆一色徳保(つばき)
闘病中だったつばき・一色徳保が5月9日午前10時8分、脳腫瘍のため逝去した。37歳だった。
リアルサウンド 

◆野際陽子
2017年(平成29年)6月13日、肺腺癌の為81歳で死去。
野際陽子 - Wikipedia 

◆小林麻央
AS20170623001325_comm

2017年6月22日夜、自宅にて死去。最期は、姉の小林麻耶・麻央と麻耶の両親・実の娘と息子・海老蔵に看取られながら、『愛している』の言葉を残し死去した。34歳没。

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生存している方

◇渡辺謙
前途洋々に見えた1989年、映画初主演となるはずであった『天と地と』の撮影中に急性骨髄性白血病を発症し降板。再起はおろか生命も危ぶまれたが、約1年の闘病の後、治療を続けながらも俳優業に復帰。

◇渡哲也
1991年に自ら直腸癌であると発表。これにより、オストメイト(人工肛門使用者)であることを明らかにしている。

◇吉井怜
2000年、奄美大島でのグラビア・カレンダーの撮影時に急性骨髄性白血病を発症した。

◇原千晶
2005年初めに精密検査で子宮頸がんと診断される。仕事を一時休業し、子宮を残す円錐形切除を受けて復帰した。しかし、2009年末に子宮頸がんと子宮体がんの併発に加えリンパ節への転移も発見され、年明けに子宮全摘出手術・治療に専念し、2010年5月まで抗がん剤治療を受けていた。

◇柴田恭兵
2006年7月、初期の肺癌と診断され、摘出手術を受けた。

◇山田邦子
2007年4月、『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学 スペシャル』(ABCテレビ)にゲスト出演。同番組内での乳癌自己検診の際、胸に違和感を覚え、その後正式に乳癌が左右の胸にあることが発覚する。聖路加国際病院の乳腺外科(ブレストセンター)にて2回の手術を経て癌を全て摘出した。

◇アグネス・チャン
2007年10月31日、北京の人民大会堂で同会場初のポップス系の楽曲でチャリティーコンサートを行った。この前に初期の乳ガンが発見され、摘出手術を受けた。

◇佐藤B作
2007年12月に行った健康診断で初期の胃がんと診断され、2008年5月1日に手術を行い胃の3分の2を摘出、成功し5月中に退院、その後「渡る世間は鬼ばかり」などテレビ番組で仕事復帰した。

◇愛華みれ
2008年3月21日、リンパ腫に罹患していることを所属事務所が公表、出演予定の舞台を降板して治療に専念していたが、同年8月6日のモーニング娘。と共演した新宿コマ劇場での公演『シンデレラtheミュージカル』にて復帰。


◇間寛平
2010年1月4日には、『アースマラソン』の際立ち寄ったトルコにて前立腺がんを発症していることが判明。同13日に公表。今後は、治療を行いながら『アースマラソン』を続けていくことが明らかになった。
 
◇桑田佳祐
2010年7月12日、初期の食道癌であることが発覚。7月28日にその治療による音楽活動の休養を発表。その後、8月2日に手術を無事終了させ、22日に退院したことが公表された。

◇生稲晃子
2011年4月28日、43歳の誕生日に乳がんが発見される。5月6日に腫瘍のある部分を切除する乳房温存手術を受け、放射線照射と薬による治療を続けた。2012年の夏、再発が判明。がんのできた部分を切除する再手術を受ける。2013年10月に3度目の切除手術、同年12月27日に右胸の全摘手術を受けた。2015年10月27日、右乳房の再建手術を受ける。同年11月、自らのがんを公表。

◇大塚範一(アナウンサー)
2011年11月2日から体調不良を理由に『めざましテレビ』の出演を休業。急性リンパ性白血病と診断を受け治療を受けることになる。

◇宮迫博之
2012年12月6日、早期胃癌のため休養することを所属事務所を通して発表した。がんは「胃角」と呼ばれる部位で大きさは2センチ程度。ステージは1A期。腹腔鏡下幽門側切除の手術を受け、胃の3分の2を摘出し、同月22日に退院した。

◇村治佳織
2013年7月22日、舌腫瘍に罹患していることを公表し、治療のために長期休養に入ることを発表した。
村治佳織 - Wikipedia

◇輪島大士
2013年秋に下咽頭癌への罹患が判明し、12月に癌の切除手術を受けて成功したがその影響で声を失ってしまったことが明らかにされた。
輪島大士 - Wikipedia 

◇竹原慎二(元プロボクサー)
2014年、前年から血尿などの体調不良があり精密検査を受けた結果、膀胱癌が判明。リンパ節への転移も見付かるほど病状が悪化していたが、手術・抗がん剤などの治療を経て、現在は通院を続けながら経過観察中。

◇つんく
2014年3月6日、喉頭がんを患ったことを公表した。9月25日、いったん「完全寛解」を発表したが、がんが再発見され、10月上旬に手術を受けていたことを10月17日に明らかにした。その後2015年1月20日、日本を元気にする会の結成記者会見にメッセージを寄せた際、松田公太議員により、声帯摘出したことが明かされる(この場では「なかなか声が出せないという状況」とされていた)。

◇林家木久扇
2014年7月、初期の喉頭癌により約1ヶ月半に渡って休養することを明らかにした。

◇市村正親
2014年7月、初期の胃がんにより出演中だった『ミス・サイゴン』を降板。

◇坂本龍一
2014年7月10日、所属事務所エイベックス・ミュージック・クリエイティヴから中咽頭癌であること、療養に専念するためにコンサート活動などを中止する旨が発表された。

◇亜利弥(女子プロレスラー)
フリーの女子プロレスラー、亜利弥`(ありや・42)が、専門病院で乳がんの告知を受けたのは、2015年2月2日のことだった。進行の度合いは「ステージIV」だという。

◇北斗晶 
2015年9月23日、乳がんで入院中であり、右胸全摘手術をすることを明らかにした。
9月24日に右乳房全摘出手術を受け、29日にわきのリンパまで転移したがんを取り除いた手術で、わきの神経も取ったことも告白した。

◇北山陽一(ゴスペラーズ)
2015年、脳腫瘍の手術を行い、術後の療養のために、活動休止を発表。

◇大渕愛子
2015年7月に受けた検査で「子宮けい部高度異形成」と診断されたため、12月22日に入院し、子宮けい部円錐切除の手術を受ける。

◇西川きよし
吉本興業は16日、タレント・西川きよし(69)が、前立腺に腫瘍があることが判明したため、休養することを発表した。今後、手術を受けるため治療に専念する。

◇渡辺謙
2016年2月9日、早期の胃がんが発見され手術を受けたことを明らかにした。

◇南果歩
女優の南果歩(52)が初期の乳がんを患い、今月上旬に手術していたことが16日、分かった。

◇川島章良(はんにゃ)
2016年4月、テレビ番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』の中で、2014年11月に腎臓癌が見つかり、2014年末に摘出手術を受けていたことを告白した。

◇小倉智昭
キャスターの小倉智昭氏(68)が13日、司会を務めるフジテレビ「とくダネ!」(月~金曜、前8・00)の生放送で、膀胱(ぼうこう)がんを患っていることを告白した。

◇梅宮辰夫
俳優の梅宮辰夫さん(78)が7月に十二指腸乳頭部がんで手術を受けたと、長女でタレントの梅宮アンナさん(44)が7日、公表した。

◇渡利璃穏(女子レスリング選手)
2016年11月24日、悪性リンパ腫の一種ホジキンリンパ腫で闘病していることが判明した。リオデジャネイロオリンピック前の7月の検査で異常が見つかり、五輪後の9月に病名が判明。栄和人によると「胸に腫瘍が見つかり、五輪後に病名が分かった。今は1週間入院して退院する状況」とのこと。

◇だいたひかる
「どうでもいいですよ」を枕ことばに無表情で毒を吐くのが定番ネタのだいたひかるさん(41)が、20日発売の本誌で、乳がんで右乳房全摘したことを語った。

◇赤松真人(広島東洋カープ)
広島・赤松真人外野手(34)が28日、広島市内の球団事務所で会見し、初期段階の胃がんを患っていることを公表した。
スポーツ報知 

◇大島康徳
プロ野球の中日などで活躍し、日本ハムの監督も務めた野球評論家の大島康徳氏(66)が7日、大腸がんを患い闘病していることを公表した。
自身のブログで「肝臓に転移がありステージは4。大腸の手術を終え、抗がん剤治療を行っています」などと記した。
時事通信 

◇藤山直美
女優藤山直美(58)が初期の乳がんを患い治療に専念することが17日、分かった。
3月の名古屋・中日劇場、4月の大阪・新歌舞伎座で予定していた主演舞台「おもろい女」の上演を中止にすることを製作の東宝が発表した。
スポニチ 

◇北村総一朗
2013年8月中旬に前立腺ポリープ内視鏡手術を受けたところ、前立腺癌のため、早期の前立腺全摘出手術が必要と診断され、10月上演予定の舞台を降板。
北村総一朗 - Wikipedia 

◇中村獅童
2017年5月18日、人間ドックで初期の肺腺癌が発見されたことから、入院のため6月・7月の舞台を休演することを発表した。
中村獅童 (2代目) - Wikipedia 

◇財津和夫(チューリップ)
「心の旅」「虹とスニーカーの頃」などのヒット曲を持つ「TULIP(チューリップ)」のボーカル・財津和夫(69)が2日、大腸がんであることを明らかにした。チューリップ45周年メモリアルツアーの6、7月に予定していた4公演を中止し、治療に専念する。 
スポーツ報知 

◇いときん
2017年8月3日、肺腺がんのため治療に専念することを発表。
毎年定期的に受けている健康診断で6月に発見し、ステージ4であることが判明した。
いときん - Wikipedia 

以上私の記憶を元にウイキペディア等を検索して判明した事実を記載してみました。
もちろん全ての人を網羅できていないかもしれません。
(今後、判明し次第データを追加していきます)

以下、現時点での上記の記載を元にした年代別の分析を行っていきます。

人数(◆亡くなった方)

1980年代 7人

1990年代 3人

2000年代 20人

2010年代 45人

1990年代までは少ない人数で推移していましたが、2000年代に急増します。
そして驚くべきは、2010年代です。
 
まだ、7年と5ヶ月しか経っていないにもかかわらず、45人と、2000年代の2倍以上の人数となりました。

私が、感覚的に感じた、
『ここ最近、芸能人も含めた、有名人の癌が多すぎないか?』 
という疑問を数字的に裏付ける形になります。
 
間違いなく、有名人の癌による死亡は増加しているのです。


続いて、この数字に、生存している方(◇)のデータを加えてみます。
(生存している方(◇)については、年代別には、癌が発生した年を基準に分類した上で、加えます)


人数(◆亡くなった方+◇生存している方)

1980年代 8人

1990年代 4人

2000年代 27人

2010年代 76人

これは凄い数字です、2010年代は、まだ7年と7ヶ月しか経過していないにも関わらず、2000年代の2.8倍もの人数の有名人が癌を発症していることになります。

もし、このまま同じペースで癌が発生したとしたら、

2010年代の予測値は、76人÷7.58(7年7ヶ月)×10=100人になります。
 
そうなると、2000年代→2010年代にかけて、
100÷27人=約3.7倍も有名人の癌患者が増えていることになります。

また、2010年~2015年の6年を、

①2010年~2012年(3年)
②2013年~2015年(3年)
③2016年〜2017年(1年7ヶ月) 

に分けて、それぞれの人数をカウントしてみると、

①6人
②35人
③35人 

なんと、全76人中、92.1%と、9割以上の70人が、②以降の期間に死亡又は癌が見つかっているのです。
 
そして、驚くべきは、③がまだ1年と7ヶ月しか経過していないにもかかわらず、②の期間の人数(35人)と同じ35人が癌になってしまっていることです。

①は3年で、③は1年と7ヶ月です。 

これで、疑問は確信に変わりました。

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有名人の癌患者は、間違いなく急増しているのです。


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本データベースに、2017年7月6日に出演中の舞台上から転落して亡くなった俳優の中嶋しゅうさんを追加しました。

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舞台から転落の中嶋しゅうさん、死因は急性大動脈解離 所属事務所が発表

産経ニュース
2017.7.7 21:23

6日に東京芸術劇場シアターウエスト(東京都豊島区)で上演された舞台「アザー・デザート・シティーズ」に出演中、舞台上から転落して搬送先の病院で亡くなった俳優、中嶋しゅうさん(69)の死因が、検視の結果「急性大動脈解離」だったことが7日、分かった。


以前の記事
にて検証した有名人の癌に引き続き、有名人の突然死に関するデータベースをまとめてみましたのでその結果を公開します。


伊藤俊人
2002年5月24日午後5時18分、レギュラー出演していたテレビドラマ『ショムニ』の続編『ショムニFINAL』の撮影数日前にクモ膜下出血のため、40歳の若さで急死した。

ナンシー関
2002年6月11日深夜、友人と食事後の帰宅途中のタクシーの中で倒れる。気付いた運転手が病院に運んだが、翌6月12日午前0時47分に虚血性心不全で死去した。
ナンシー関 - Wikipedia

橋本真也
2005年7月11日午前8時頃、滞在先において脳幹出血で倒れ、午前10時36分、搬送先の病院で死亡が確認された。
橋本真也 - Wikipedia

小林繁
2010年より一軍投手コーチに昇格し、新シーズンへ向けて準備を進めていたが、キャンプインを2週間後に控えた1月17日、福井市内の自宅で「背中が痛い」と体調不良を訴え、福井県立病院に救急搬送された。病院搬送時には心肺停止状態であり、蘇生措置が施されたが午前11時頃に心筋梗塞による心不全で死去した。
小林繁 - Wikipedia

木村拓也
2010年4月2日17時40分頃、対広島東洋カープ1回戦の試合前、本塁付近でシートノック中に突如として意識を喪失しそのまま倒れ込んだ。

松田直樹
2011年8月2日9時58分頃、松本市の梓川ふるさと公園にて同チームの練習中に突然倒れ、心肺停止の状態で信州大学医学部附属病院高度救命センターに緊急搬送された。病名は「急性心筋梗塞」と発表。

田子ノ浦親方(久島海啓太)
2012年2月13日午後に部屋で家族と過ごしていた際に突然昏倒し、意識不明・心肺停止の状態で病院へ救急搬送された。蘇生処置が行われたものの回復せずに、死去した。46歳没。当初は死因が特定されず、昏倒の際に吐血したとの報道もあったが、その後になって死因は虚血性心不全と発表され、吐血ではなく倒れた際に唇を切ったことによる出血であったという。

山口美江
2012年3月8日、連絡が取れなくなったことを不審に思った親族が、自宅にて息を引き取っているのを見つけた。死因ははっきりせず心不全とのみ報道された。51歳没。

桑名正博
2012年7月15日早朝に大阪市内の自宅で脳幹出血により倒れ、大阪市住之江区の友愛会病院に緊急搬送されたが、意識不明の重体となる。倒れてから長らく意識不明の状態であり、高カロリーの点滴(ラクトリンゲル)で栄養補給をしている状態が続いていたが、2012年10月26日午後に死去した。 

中野純子(漫画家)
2012年7月28日に虚血性心疾患で急逝。
中野純子 - Wikipedia

金子勇
2013年7月6日、18時55分頃に急性心筋梗塞のため死去した。
金子勇 (プログラマー) - Wikipedia

大滝詠一
2013年12月30日17時30分頃、東京都西多摩郡瑞穂町の自宅で家族と夕食後のデザートに林檎を食べている時に倒れ、救急搬送された。救急隊がかけつけた時は既に心肺停止状態であり、病院に搬送後19時頃に死亡が確認された。死因は解離性動脈瘤とされた。65歳没。

安西マリア
2014年2月20日に自宅で異常を訴えて救急搬送され、搬送直後に急性心筋梗塞と診断された。3月8日午前のスポーツニッポンの報道で、約1時間にわたって心臓が停止。蘇生したが脳死状態に移行したことが報じられた。同年3月15日夜に都内の病院で急性心筋梗塞で逝去。
安西マリア - Wikipedia 
 
斎藤晴彦
2014年6月27日、自宅付近で倒れ、搬送先の東京都内の病院で心不全のため死去。73歳没。

香川伸行(元プロ野球選手)
2014年9月26日に福岡県朝倉郡の自宅で倒れているところを家族が発見し、救急搬送されたが死亡が確認された。死因は心筋梗塞。52歳没。

田宮五郎
2012年4月にくも膜下出血で倒れ、病気療養の末に2014年11月に急死。
田宮五郎 - Wikipedia

中島啓江
2014年11月23日午前10時35分、呼吸不全のため東京都内の病院で死去。57歳没。体調不良のため11月17日から入院していたが、21日に入って急激に容態が悪化したという。 

元大関 貴ノ浪
2015年6月20日午前、仕事滞在先の大阪市内のホテルで倒れているのが発見され、救命処置を受けたが急性心不全のため死去。 

中村勝広
2015年6月にGMとしての契約を更新したが、チームの東京遠征に同行していた同年9月23日の正午頃、宿泊していたホテルの部屋のベッドで心肺停止に陥っている姿を、同行していた南信男球団社長(当時)やホテルのスタッフが発見。
中村勝広 - Wikipedia
 
阿藤快
2015年11月15日、仕事先に姿を見せなかったため、午後2時頃に所属事務所スタッフと家族が自宅を訪ねたところ、ベッドに横たわって亡くなっているのが発見された。発見時より病死とみられ、その後、胸部大動脈瘤破裂が正式な死因とされた。

松山幸次
2015年11月21日、自宅で倒れているところを家族に発見され、そのまま死去したことが兄によって報告された。享年40。亡くなる前日までは体調を崩すことなく元気にグレート義太夫と食事を摂っており、その様子が彼のブログでも紹介されている。
松山幸次 - Wikipedia

今井洋介
2015年11月28日に、同月23日に心筋梗塞で急逝していたことが所属事務所から発表された。31歳没。今井は前日の11月22日まで、FM横浜の番組「SHONAN by the Sea」のDJを通常通りこなし、夜には都内でライブのDJを担当していたという。
今井洋介 - Wikipedia

有沢比呂子
2015年12月11日、心不全のため死去。部屋で倒れているのを関係者に発見され救急搬送されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。
有沢比呂子 - Wikipedia

国本武春
2015年12月24日 脳出血による急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去。55歳没。
2010年12月、公演中に意識を失って入院。リハビリを経て5カ月後に舞台に復帰したが、2015年12月、脳出血で救急搬送されていた。
国本武春 - Wikipedia

小澤純一(サザンオザワスターズ)
一人暮らしで、連絡が取れないことを心配した友人が4日に自宅を訪れ、独居死した小澤さんを発見。司法解剖の結果、1月末に亡くなっていたという。 

桐山秀樹
糖質制限ダイエットの著作などで知られるノンフィクション作家の桐山秀樹(きりやま・ひでき)さんが今月6日、東京都内のホテルで心不全のため急死していたことが分かった。61歳だった。
zakzak 2016.02.15

両澤千晶(アニメ脚本家)

2016年2月19日、大動脈解離のため死去。56歳没。
両澤千晶 - Wikipedia

前田健(モノマネ芸人)

2016年4月24日午後7時10分頃、新宿区新宿3丁目の路上で嘔吐しそのまま倒れ心肺停止状態で病院に搬送された。翌25日には蘇生し心臓が動き出したが、翌26日午前1時36分、搬送先の病院で死去した。死因は虚血性心不全。44歳没。
前田健 - Wikipedia

吉野朔実(漫画家)




田中一成

2016年10月10日、脳幹出血のため死去。49歳没。
田中一成 - Wikipedia

松野莉奈(私立恵比寿中学のメンバー)

2017年2月8日、死去。前日2月7日に開催された大阪でのコンサートを体調不良のため出演をキャンセルし自宅で療養していたが、8日午前5時頃に容態が急変。救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。
当初は、死因など公表されていなかったが、2月10日、所属事務所が死因を公表した。死因は「致死性不整脈」であった。
松野莉奈 - Wikipedia

中嶋しゅう

2017年に舞台『アザー・デザート・シティーズ』(寺島しのぶ主演、東京芸術劇場シアターウエスト)に出演、7月6日夜の初日公演の第1幕上演中に舞台上で急性大動脈解離を発症して倒れ、75センチメートル下の客席へ転落して頭部を強打し病院へ救急搬送された。その後、同日22時頃に搬送先の病院で死亡が確認された。69歳没。
中嶋しゅう - Wikipedia 

まず、年代別に集計してみると、

2000年代 3名
2010年代 29名

2010年代は、2000年代の9倍強もの有名人が突然死により亡くなっています。

まず、これで、有名人の突然死が急増していることは一目瞭然です。

次に、2010年代を、

①2010年~2012年
②2013年~2015年
③2016年〜

に分けてみると

①8名
②13名
③8名

と②が①の1.5倍超となっており、
しかも③はまだわずか1年半しか経っていないにも関わらず
既に8名(①の3年間と同じ人数)の突然死が発生しています。

さらに、①について年ごとに見ていくと

2010年 2名
2011年 1名
2012年 5名

と2012年になって増加しているのです。

上記の死亡記事では、様々な死因が取りざたされています。

例えば、阿藤快さんの場合は、
「塩分の濃いラーメンが災いだった」、「既婚だったが妻とは別々に暮らしていたことも災いだった」などとも言われている。
阿藤快 - Wikipedia

また、中島啓江さんは、太り過ぎが原因だったとも言われています。

確かに個々の事情を挙げれば、そのような結論になってしまうのも致し方ありません。

しかし、こうして時系列で見ていくことで、別の要因が見えてくるのではないでしょうか?

ズバリ言いましょう。
この有名人の突然死の増加は、福島原発事故により大量に放出された放射性物質による内部被爆が原因です。

こう言うと、必ず次のように反論してくる人がいます。

反論(1)有名人の大半は東京に住んでいる。福島と東京は距離的に離れているから安全だ。
反論(2)福島原発事故が起こったのは4年前だ。なぜ今頃突然死するのか?無関係ではないか?
反論(3)放射性物質と突然死の因果関係がわからない?医学的な証明はあるのか?

それでは、これらの反論に対して、根拠を示しながら反論していきましょう。

まず(1)に対する反論。

ベストセラーとなった「東京が壊滅する日――フクシマと日本の運命」の著者、広瀬隆さんが、約30年前に出版した書籍「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」に衝撃的な事実が書かれています。

1950年代、アメリカのネバダ州の核実験により、その実験場の近くで映画のロケを行ったハリウッドスター達(もちろんジョン・ウェインもこの中に含まれる)が次々と癌に倒れていきました。
また、そのロケ地の近くにあるセント・ジョージという町でも、大量の癌と白血病の患者が発生します。

ジョン・ウェインはなぜ死んだか」の中に、そのセント・ジョージの町と、ネバダの核実験場との距離について書かれた、極めて重要な記述があるので紹介します。

また、ユタ州セント・ジョージの町が、ネバダの核実験場から二二〇キロの距離にあることも、ここで明らかにしておきたい。ネバダの隣がユタだからと言って、この距離は、決して近いものではない。わが国に置きかえてみれば、ほとんど東京~名古屋に匹敵する距離である。
ネバダの核実験場とセント・ジョージは、むしろ非常に遠い、と言ってもよい。

広瀬隆「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」より
実は、この220キロという距離が、我々東京都民にとって非常に大きな意味を持ってくるのです。

試しにGoogleで、東京と福島原発との距離について検索してみると
227キロメートルであることがわかります。



これは戦慄すべき数字です。

アメリカのネバダのケースでは、約220キロ離れたセント・ジョージの町にまで、
核実験による死の灰が降り積もり、そこで後年大量の癌患者と白血病患者が発生しました。

ここで示されているのは、大規模な核爆発により発生した放射性物質(死の灰)は
約220キロ離れた場所にも大量に降り積もる、という厳然とした事実です。

このことから、
227キロという距離にある東京が、決して安全圏ではないことがわかります。

しかも、放射性物質は無色透明で、目に見えず、匂いも味もしません。
そこに存在していても、我々にはわからないのです。


次に(2)について反論します。
これも先ほど紹介した書籍「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」により簡単に反論可能です。

死の灰には、発癌性のほかに、ふたつの特徴がある。ひとつは、長期性であり、もうひとつは、濃縮性である。〝死の灰〟を体内に取り込んでいる時には、誰ひとりそれに気づくことができない。自分の体内で、〝死の灰〟の濃縮が起こっているなどと、誰が考えるだろう。しかし、死の灰は濃縮を起こすのである。

成人の場合には、発育は止まっている。しかし新陳代謝も鈍くなっているため、一旦固定された物質が体内から追い出されるまでに、非常に長い期間を要する。今夜の食事に入っていた〝死の灰〟のカケラが、死ぬまで体の中に残る可能性を持っている。こうして取り込み速度も鈍い代りに、排出速度も鈍いとき、体内では、ゆっくりと濃縮が起こってゆく。

広瀬隆「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」より

これが(2)に対する回答です。
現在の東京での有名人の癌死や突然死を誘発しているのは、
放射能による外部被爆ではなく内部被爆です。

内部被爆は、直接放射能を浴びるのではなく、
水や食べ物を通じて体の中に入ってきた放射性物質により引き起こされます。

そして、内部被爆で放射性物質が体の中で濃縮するのにはある程度の時間がかかります。

むしろ、核爆発の直後ではなく、数年後から徐々に症状が現れます。

原発事故から5年。

東京で有名人の癌や突然死が増加し始めたのは必然の結果なのです。


続いて(3)に対して反論しましょう。

引き続き、「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」から引用します。

ユタ州の場合、原子力エネルギー委員会の〝死の灰〟研究班のハロルド・ナップ博士が調べあげながら、闇に葬られたデータがある。それによれば、空気中での放射能の測定値がわずかに四ラドという地域でさえ、そこに生活する羊の甲状腺(ノド)が、三万五〇〇〇〇ラドの被バク量を示す放射性物質の濃縮を起こし、胃腸でも一万二〇〇〇ラドと、空気中の一万倍近くまで濃縮が起こっていたのである。

羊が一万倍もの濃縮を起こしていたとすれば、ジョン・ウェインの肺は、どうなっていただろう。空気中では放射能が弱められるので、空気を測定しても何にもならないことが、この一連のレポートから明らかになってくる。
それぞれの人間の体が集めている放射性物質の量を、直接測定しなければ意味がない。しかしそれは、生体解剖でもしないかぎり測定できない。

広瀬隆『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』より

この書籍(「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」)が出版された当時(30年前の1986年)では、生体解剖など行うことなど考えられませんでした。

しかし、1990年になり、一人の科学者が勇気ある行動を起こします。

元ゴメリ医科大学学長のユーリ・I・バンダジェフスキー氏です。

彼は、亡くなった多くの患者(もちろん人間です)を解剖し、
体内の臓器に蓄積した放射性セシウムの量と組織の病変の関係を研究し、論文として発表します。

その論文の中で、セシウム137は特に心筋細胞に蓄積しやすく、心筋障害や不整脈などの心臓疾患が起きやすくなると結論付けました。

こうして、放射性物質と突然死の医学的な因果関係が証明されたのです。

皆様からの3つの反論に対して回答しました。
これだけ証拠があっても、まだ納得されないですか?

もう一度書きます。
2000年以降の日本での突然死した有名人の数

2000年代 3名
2010年代 28名


次に突然死するのは、あなたかもしれないのです。

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歴史は繰り返す。
私たちは、過去の歴史から学ぶ教訓を生かすべき。
正しい知識さえあれば、いたずらに核戦争を恐れる必要はありません。 

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本ブログも過去記事にて、放射能対策について紹介しています。
ご参考に。

秋月辰一郎著『死の同心円』には日本酒は放射能に効くという事実が記されている

大丈夫!放射能は怖くないと私が言い切れる3つの理由

北朝鮮に核ミサイルを打ち込まれた後に、放射能による2次被害からあなたが生き残るための方法を徹底解説します


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「なぜ放射性物質に味噌や日本酒などの発酵食品が有効なのか?」を水素と電子の観点から考察します 

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米軍、沖縄攻撃に反撃訓練 嘉手納基地で 「戦闘体制だ」

産経ニュース
2017.4.15 12:35 

米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)は14日までに、同基地で12日に沖縄が攻撃された場合を想定した反撃訓練を実施したと明らかにした。

空軍の公開写真によると、捜索救難ヘリコプターを先頭に多数のF15戦闘機や空中警戒管制機、空中給油機がゆっくりと滑走路を進む様子が映っている。

 米空軍のゴールドフェイン参謀総長は自身のツイッターに「この素晴らしい戦闘空軍力を見よ。戦闘態勢だ」と書き込んだ。空軍によると、12日の訓練は予告無しの即応体制を向上させるのが目的だった。

ことの真偽はともかく、もしも北朝鮮の核ミサイルが日本のどこかに打ち込まれれば、被害は甚大なものになるのは間違いないでしょう。
推定される被害について言及しているサイトの記事を紹介します。

経済産業研究所の研究員などを務めたマイケル・ユー氏は、03年の著書『ウォー・シミュレイション 北朝鮮が暴発する日』の中で、東京・永田町付近に北朝鮮の核ミサイルが着弾した場合の死者は42万人、さらに後爆風や放射能による2次被害者は合計81万人と試算した

BUSINESS INSIDER JAPAN 





本ブログは軍事問題は扱いませんし、ましてや、北朝鮮やアメリカの動向を含めた国際情勢についてここでは言及しません。また、言及できるだけの情報も知識も持ち合わせていません。

そこで、今回の記事では、本ブログが継続して取り上げているテーマ、放射能汚染や癌予防に焦点を絞り、上記BUSINESS INSIDER JAPANの記事でも言及されている『放射能による2次被害』を防止するためにやらなければいけないことについて解説していくこととします。

題して、
北朝鮮に核ミサイルを打ち込まれた後に、放射能による2次被害からあなたが生き残るための方法』です。

  1. 玄米と味噌汁を摂る
  2. 甘いものを避ける
  3. 無添加の日本酒を飲む
  4. リンゴを皮ごと食べる 
  5. 発酵食品を食べる
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1.玄米と味噌汁を摂る


核ミサイルによる放射能被害から身を守るためのヒントとなるのが、過去の歴史上において大量の放射性物資による被曝から生き残ったという事実です。

そのヒントを提供してくれるのが、本ブログでも何度も紹介している、長崎への原爆投下時に、爆心地からわずか1.8キロメートルの場所で被曝しながら、その周辺の人々が次々と原爆症で亡くなっていく中で、奇跡的に生き長らえることができた医師とその忠告を守った病院スタッフと患者たちのエピソードです。

「塩を混ぜた玄米ごはんと、濃くてからい味噌汁」は、代表的日本食であり、健康食だといえますが、実はこの食事、放射能を避けるためにもっとも普遍的な食事としても推奨されているのです。
この食事療法は、長崎にある浦上第一病院(1960年、聖フランシスコ病院と改名)で自身も原爆に被爆しながら「食事療法」によって身を守る方法を実践して伝えたことでも有名な秋月辰一郎医師が推奨しているものです。
秋月医師の言葉を引用しましょう。
 
「食塩、ナトリウムイオンは造血細胞に賦活力を与えるもの、砂糖は造血細胞毒素。玄米飯に塩つけて握るんだ。からい濃い味噌汁を毎日食べるんだ。砂糖は絶対いかんぞ!砂糖は血液を破壊するぞ!」
 
彼はもともと玄米菜食を実践していたことや医大の放射線教室で助手を務めていたことなどの経験が、病院スタッフや患者を原爆症から免れさせる食事療法へとつながったのでしょう。
チェルノブイリ原発事故の際も、秋月医師の手記が英訳されていたこともあって、味噌がヨーロッパに大量輸出されていた逸話も残っていますが、秋月医師が実践していた食事法は「対放射性物質」に限った話ではなく、体調をよく保つための基本的な食事だといえるのです。 

内海聡著『医者が教える あなたを殺す食事 生かす食事』 

秋月医師が実践した玄米と味噌。

まず、玄米についてですが、 玄米そのものに強力な解毒作用があることがわかっています。

◎玄米
すでに糖質をとりすぎる害は説明しましたが、ビタミン、ミネラルに富む表皮部分が残っている玄米であれば、解毒作用が期待できます。
玄米に含まれるイノシトール、オリザノールは、体内の解毒を担う肝臓の働きを強めます。放射性物質の中和、解毒にも効果的といわれています。 

内海聡著『「強い体」をつくる食べ方』 

次に味噌ですが、この記事を読んで近所のスーパーに味噌を買いに走った皆様。 無駄なのですぐにやめてください。
味噌は味噌でも、スーパーで売っている市販の味噌では意味がありません。 微生物が生きている〝本物の味噌〟を摂る必要があるのです。

「放射能」の項にも登場した医師の秋月龍一郎さんがいうように、辛いみそ汁には意味があります。みそに含まれる塩分、そして発酵食品であることが健康にいい影響を与えるのです。
みそは、食品添加物が入っているものを使ってはいけません。「添加物なし」と書かれたみそにも、実は食品添加物が入っていることがあります。これを見抜くには、あなた自身の消費者としての目を養うしかありません。 

内海聡著『子どもを病気にする親、健康にする親 (世界に満ちる毒から子どもを守れ)』 

それでは、この〝微生物が生きている本物の味噌〟を見分ける方法をお伝えします。
それは、味噌の袋に微生物が呼吸するための空気穴が設けられているかどうかで判断します。

例えば、普段我が家でも愛用している、正直村の『稲穂 玄米味噌』のパッケージには、次のような記載があります。
 
本品は添加物等を使用していない為、有益な微生物の酵素・乳酸菌・酵母菌が生きています。高温多湿の気温になると発酵して袋が膨張してくる為に、袋の上部に呼吸口が開けてあります
袋を横にしないように御注意下さい。
品質には影響ございませんので、安心してお召し上がり下さい。


2.甘いものを避ける

秋月辰一郎氏が原爆の被曝時に徹底したのは、玄米と味噌汁の摂取だけではありません。
彼が病院の職員と患者たちに指示したもう一つのこと、それは砂糖などの甘いものを避けることです。

だけど、それよりもっと大事なことは、放射能に負けないからだをつくること。砂糖の入ったお菓子やパン、ジュース、果物など陰性の食べものを避けて、ごはんと味噌汁でからだの底力をつけておくと、排泄力も高まる。そうすると、からだから毒を出してしまえるからね。
そのことをちゃんと証明してくれた人がいる。
 
第二次世界大戦時、長崎で被爆した医師、秋月辰一郎博士(故人)がその人。爆心地からわずか1・8kmの病院にいた博士は、被爆した人には塩をきつくした玄米のおにぎりと塩気のきいた味噌汁を飲ませろと職員に伝え、たくさんの人を救ったの。
被爆した直後、博士がまわりの人たちに「水は飲むな」「甘いもの、果物、生野菜は絶対に食べるな」と言い続けたこともよく知られている。その後、秋月博士をはじめ、近くにいた患者や職員には原爆症の症状は出なかった。がまんできなくて水を飲んだり、果物を食べた人はのた打ちまわって亡くなっていったというよ。
 
陰陽でいうと、放射能は極陰。だから、砂糖や果物のように陰性の強い食べものを常食すると放射能の悪影響を拡大させるし、からだはたちまちバランスを崩して病気になる。

若杉友子著『若杉ばあちゃんの一汁一菜子育て法


3.無添加の日本酒を飲む
 
前述の秋月辰一郎医師の著作『死の同心円』では、上記の話と合わせて日本酒を飲んでいた人が被曝による原爆症による死を免れたという興味深いエピソードを紹介しています。

原子病の治療について、私のミネラル栄養論のほかに、永井先生の「ビタミンB1 ・ブドウ糖療法」、長崎医大影浦教授の「柿の葉煎汁によるビタミンC大量投与法」などがあるが、中でもおもしろいのは「アルコール治療法」である。『長崎精機原子爆弾記』には、つぎのような福田所長の体験記が収められている。 

反工師は爆心地から千五百メートルの距離で、防空壕の下検分をやっているとき、露天で被爆して負傷した。彼はその日の夕方、田中工務課長もいるところにたどりついたが、焼けただれて、課長はすぐには反工師とはわからなかったという。
 
「君はだれかね」
 
「反です。田中さん、やられましたよ。どうせ長いことはない。どうせ死ぬなら、一杯やりたいもんだ。酒はありませんか」
 
「酒はないが、アルコールならある」
 
反工師は、火傷をしているのに、チビリチビリとアルコールをうすめて飲みはじめた。身体が燃えるように熱く感じて、工場の外の川に身を浸して、飲みつづけた。
彼はその後元気になったが、同じ場所で同じように被爆した三人は、一週間以内に死んでいる。これで、原爆には酒がいいという話が広まった。 

秋月辰一郎著『死の同心円』 

味噌と同様に、日本酒もスーパーやコンビニで売っている普通の純米酒では効果は期待できません。こちらも微生物が生きている無添加の日本酒である必要があります。

私が求めている「百薬の長」とは、戦前に存在した酒のことだ合成乳酸や、アルコール、うまみを調整する添加物などの混じらない、本物の酒が飲まれていた時代が日本にはあった。それならば本来の酒造りに戻せば、「百薬の長」と呼ばれるようになるのではないか。

寺田啓佐著『発酵道―酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方

もちろん、秋月医師の時代(終戦前)に人々が飲んでいた日本酒も、添加物の入っていない本物の日本酒でした。(醸造アルコールや添加物の入った、いわゆる「三増酒(「三倍増醸酒」の略)が普及したのは、戦後のことです。)

私の知る限り、現在の日本で、この無濾過・無添加でかつ微生物が生きている〝本物の日本酒〟を造っている蔵元は、千葉県の「寺田本家」と福島県の「仁井田本家」の2つです。

我が家では、近所の自然食品店で売っている寺田本家の自然酒『香取 純米90』や『五人娘』を愛飲しています。


4.リンゴを皮ごと食べる

1986年に発生したチェルノブイリゲン原発事故後、リンゴの皮に含まれているアップルペクチンが、放射性セシウムを体外に排出することが、ベラルーシの科学者による大規模な調査により判明しています。

 
この表は、ベラルーシにあるベラルド研究所所長の故ワシーリイ・ ネステレンコ博士を第一筆者として書かれた論文「チェルノブイリ地区の放射性物資からの解放」で紹介されていたものです。論文はニューヨーク科学アカデミーの2009年紀要「チェルノブイリ」に掲載されました。

田沢賢次著『林檎の力

上記のネステレンコ博士は、615人の子供たちを対象に、 体内に取り込まれてしまった放射性セシウムを排出するのに、ビタペクトというアップルペクチン添加食品を使って実験を行いました。

この表は、ベラルーシにあるベラルド研究所所長の故ワシーリイ・ ネステレンコ博士を第一筆者として書かれた論文「チェルノブイリ地区の放射性物資からの解放」で紹介されていたものです。論文はニューヨーク科学アカデミーの2009年紀要「チェルノブイリ」に掲載されました。

(中略)

子どもたちの半数は、ビタペクトを1日2回、5グラムずつ、3週間、服用しました。残る半数には、プラセボ(偽薬)として、なんの機能もない食品が与えられました。その結果が、前ページの図表です。

図表を見ても分かる通り、治験開始前は、アップルペクチン添加食品を摂っているグループとプラセボのグループの両方で、体重1キログラム当たり約30べクレルのセシウム137が測定されていますが、3週間後には、それぞれが減少しています。ただし、減少のしかたには大差がありました

ペクチンを服用した子どもの減少率は63.6パーセントですが、服用していない子どもたちは13.9パーセントにとどまっています。驚くべき差です。

アップルペクチンが体内汚染を除去すること、それもかなり効率がよいことを、この治験は物語っています

田沢賢次著『林檎の力』 

このように、放射性セシウムを減少させるアップルペクチンですが、その摂取の方法は実に簡単です。リンゴを皮付きで食べればいいのです。

アップルペクチンは、食品分析の際に捨ててしまった皮の部分に、もっとも多く含まれています
(中略)
丸ごとりんごでも効果は期待してよいと私は考えています。 1日に2グラムのアップルペクチンを摂ることを目標にして、毎日、汚染されていないりんごを1個から2個、皮付きで食べます

田沢賢次著『林檎の力


5.発酵食品を食べる

前述の味噌や日本酒の話を読んで、すでにピンときている方もいらっしゃるかもしれませんが、放射性物質から身体を守るためのキーワードは、微生物であり、発酵です。

味噌も日本酒も、無添加の本物の商品であれば、間違いなく微生物が生きています。
(逆に言うと、添加物が加えられている商品は微生物が死んでいるので意味をなしません)

こう考えると、何も味噌や日本酒だけが有効なのではない、ということがわかります。

微生物が生きている本物の発酵食品であれば、何でもいいわけです。
以下、手軽に摂ることができるおすすめの発酵食品を紹介しましょう。

ぬか漬け

こちらも、スーパーで売っている添加物たっぷりのぬか漬けでは、何の効果もありません。
自宅で漬けた、無添加のぬか床を使ったぬか漬けだからこそ意味があるのです。

参考記事:実際に使ってみてわかった。ぬか漬け初心者のあなたが「金沢大地 わたしのぬか床」を選ぶべき3つの理由

添加物が入っていない発酵食品を摂る意味は、微生物の働きにあります。
食品添加物は、私たちの身体にとって有用な微生物の働きを殺してしまうのです。


TGG(豆乳グルグル)ヨーグルト

飯山一郎氏が推奨している米のとぎ汁から作る乳酸菌発酵豆乳ヨーグルト。
我が家では、栗生隆子さんの著書『植物性乳酸菌の力で腸キレイ TGG(豆乳グルグル)ヨーグルト』を参考にしながら作った豆乳ヨーグルトを毎日食べています。

参考記事:TGGヨーグルトは乳酸菌の宝庫。私がTGGヨーグルトを作り始めた2つの理由 


放射能の防御対策一覧
 
これらは福島が爆発してから国家的なレベルで検討されたことは少なく、科学的根拠に乏しいという問題点がある。しかし可能性があるものやチェルノブイリで検討されたものに、いくつか方法論があるのでそれを紹介したい。(中略)
 
乳酸菌の利用については飯山一郎氏などが有名だが、米の研ぎ汁から作る乳酸菌発酵豆乳ヨーグルトを推奨している
 

 
キムチ

こちらはスーパーで買ってきたものでも韓国産のものならばほぼ安心です。 
安心だと断言できる根拠は、韓国産のものは買ってきた後も発酵が進んで毎日味が変わっていくからです。
先ほど紹介した

・自然酒・寺田本家の『香取 純米90』と『五人娘
・自宅で漬けた自家製のぬか漬け
・自家製のTGGヨーグルト

これらに共通するのは、微生物が生きているが故に、日々発酵が進んで毎日味が変わっていくことです。
逆に考えれば、味が変わらない食品(世の中に出回っているほとんどのものがそうなのですが)がいかに添加物によって汚染されているか、身体に有用な微生物の働きを殺してしまっているのか(これは〈彼ら〉が意図してそうしていることに気づけることが重要なのですが…)を私たちは認識する必要があります。

参考記事:韓国人の癌が増加している。その理由は発酵食品であるキムチを食べなくなったからではないか?


ここまで読んできた皆さんは、これらの放射能対策が同時に癌予防にもつながっていることに気づいたでしょうか?
これは決して偶然ではありません。偶然でない理由をあなたが理解した時、

・なぜ〈彼ら〉が戦争で化学兵器を使用するのか?
・なぜ〈彼ら〉が日本において原発を再稼動するのか?
・なぜ〈彼ら〉がインスタント食品やコンビニ飯に大量の添加物を使うのか?

その謎が解けて、あなたは真の意味で放射能や癌の恐怖から逃れることができるのです。


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